歴史的背景 ミラージュの夜は、天上界で神と出会う旅を意味する。ミラージュの夜とは、イスラーム教の聖なる預言者の魂が天国へと運ばれ、他の人間の心では、到底想像し得ないほど、神の御座近く、高い所まで到達した、まことに祝福すべき夜なのである。この昇天は、最初の招命体験から5年後、ヒジュラの約7年前に起こっている。天国へは、実際に肉体を伴って昇ったのではなく、高揚した直覚力によって昇ることができたのである。天国へ昇る途中、聖なる預言者は、預言者アダムや預言者アブラハム、預言者モーゼ、預言者イエス・キリストや他の預言者たちと出会った。この精神的昇天の目的は、イスラームの預言者の高い地位を確固たるものにすることであり、この地位とは、他の人間には決して到達できないとすべてのムスリムに信じられているものである。天使ガブリエルでさえ、聖なる預言者に付き添い、ある所まで来ると、次のように言ったと伝えられている。「わたしはここで止まるように命じられている。ここから先へは進めないのだ。でも、さあ、平和の使者にして、万世の支配者の友よ。あなたは、栄光ある昇天を続けなさい。」 そして、聖なる預言者は、昇天を続け、全能の神の御座近くに達し、神に最も近づくことができたとも伝えられている。聖なる知識の湧き出る神の泉の水を十分に飲み終えると、その知識を人類に伝える為、預言者は地上へ降りて来たのである。   祝典 ミラージュ、すなわち精神的昇天は、ラジャブ月の27日に起こったと一段に信じられている。 イスラーム圏のいくつかの国では、家や通り、そして特にモスクが、色とりどりの三角旗やまん幕で飾られ、夜には、電気やろうそくやオイルランプを使って、美しいイルミネーションで飾られる。夕方が近づくと、礼拝者がモスクに集まり、熱心に神を讃美し、主と聖なる預言者を褒め讃えて聖歌を歌う。公の集会も通例、イシャーの礼拝の後、大きなモスクで開かれ、聖なる預言者の宗教的地位や、彼の生涯の様々な側面に光明を投じる話がなされたり、彼の精神的昇天の経緯が詳しく語られる。集会が終わると、普通、菓子が配られる。裕福なムスリムは、慈善の為に寄附を行い、貧しい人々には食物も配られる。熱心な信者は、一晩中神を念じて過ごす。

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これまで述べてきた祭りは、世界中で広く行われているものであったが、その他に、現在のイスラーム世界のうち、特定の地域だけで祝われている祭りもいくつかある。それらの祭りも、全力を傾けて取り組んでいるイスラームの各宗派の信者にとっては、喜びや幸せをもたらし、満ち足りた気持にさせるものなのである。それらの祭りを祝う様式は、地域や各宗派によって異なっている。 また、留意すべきことは、それらの祭りは、多くの場合、イスラームの歴史上、初期の出来事を起源とするが、祭りとして知られるようになったのは、ずっと後になってからであるということである。すなわち、聖なる預言者と彼の教友たちが生きていた時代には、今日広まっているそのような祝いは行われていなかったのである。

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彼は、約束された改革者は独立した役割のもとに現れるのではなく、イスラームの聖なる預言者の従属者として出現すると主張しました。

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この聖なる夜は、力の夜とも呼ばれている。これは、ラマダーン月のある一夜で、聖典クルアーンが初めて啓示された夜のことである。聖典クルアーンには、次のように記されている。 「ラマダーン月は、クルアーンが初めて啓示された月である。この聖典は、人類が進むべき道を示すもの、また、その導きの明らかな証拠、善と悪とを識別する神の徴…。」(2章186節) 聖なる預言者ムハンマド(彼にアッラーの平安あれ)(彼にアッラーの平安あれ)に啓示されたクルアーンの最初の節は、次の通りである。 「唱えよ,『万世を創造された主の御名において。主は、1個の血の塊から人間を創られた。』と。唱えよ,『この上なく情け深き、お前の主の為に。主は、書に著わし、人間の知らなかったことをお教え下さった。』と。」(96章2~6節) その時、聖なる預言者は、齢40歳であった。神の啓示は、彼が亡くなるまで、およそ23年間も続いたのである。 聖典クルアーンでは、定めの夜は、一世紀よりも優ると言われている。これについては、97章に次のように記されている。 「仁慈あまねき、慈悲深きアッラーの御名において。我らはこのクルアーンを定めの夜に授けた。定めの夜とは何か、いかにしてお前たちが知り得よう。定めの夜は千の月より優る。その夜、天使たちと聖霊とが、主の命を受けて、地上へ降りて来る。あらゆる事に関する主の決定を携えて。夜明けの光が射し始めるまで、この世は平和に包まれる。」   イスラーム教の聖なる預言者は、次のように述べた。 「ラマダーン月の最後の10日間のうち、奇数日の夜のどれかが定めの夜であるから、その夜を待つのだ。」と。…

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歴史的背景 イード・ミラードゥン・ナビーは、聖なる預言者ムハンマド(彼にアッラーの平安あれ)(彼にアッラーの平安あれ)の生誕を祝う祭りである。これは、ラビー・ウル・アッワル月の12日に祝われる。イスラーム教徒の見解では、この日は、世界の歴史上最も重大な出来事が起こった日なのである。ムハンマドは、(彼にアッラーの平安あれ)預言者の長であり、聖典クルアーンを啓示された、完全無欠の人間であると見なされている。また、最良の模範であり、人類の恩人でもある。彼ムハンマドこそ、神が次のように宣言された人である。 「アッラーは預言者に祝福を贈られる。天使たちも、預言者に祝福があるように、絶えず祈願する。さあ、信者たちよ。お前たちも、預言者にアッラーの祝福があるように祈願い、平安を祈る言葉を彼に捧げるのだ。」(33章57節) 祝典 祭りの規模は、この場合、同じ日が預言者の命日にあたるので、あまり大きくならないように抑えられている。 それうえ、この祭りの時には、公の集会がモスクで開かれることになる。宗教上の指導者が、この偉大な預言者の生涯について、様々な測面から光を当て、講話を行う。彼の誕生から、少年時代、青年期まで、彼の性格、教え、苦難の数々、最も恨み重なる敵でさえ許す寛大さ、世間の反対も物ともしない勇気、戦いにおける統率力、勇敢さ、賢明さ、彼の行った伝道と、神の慈悲により、逐に人々の心を掴み、勝利を収めるに至った過程等が、詳細に語られる。 預言者を褒め讃え、敬意を表する言葉と歌が朗唱される。国によっては、通りやモスク、公共の建物等が、色とりどりの三角旗やまん幕で飾り付けされ、夜には、イルミネーショで飾られるところもある。熱心なムスリムは、慈善に多くの金を寄附する。祝宴も開かれ、米や肉料理が客に振舞われ、貧しい人々にも配られる。大都市では、大きな行列が出るところもあり、人々は歓喜に満ち、聖なる預言者を褒め讃え、聖歌を詠唱する。 しかしながら、ムスリムの中には、この日が預言者の誕生日と命日であっても、祝うことはしない者たちもいる。それは、誕生日や命日を祝うことは、イスラーム共同体としての本質からかけ離れていると信じている為である。彼らは、代りに、シーラトゥン・ナビーと呼ばれる集会を開き、そこで、この人類の偉大な恩人の生涯について、様々な面から語られるのである。

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歴史的背景 10日間にもわたって続くこの祭りは、イスラーム教の聖なる預言者ムハンマド(彼にアッラーの平安あれ)の孫にあたるフサインの殉教を記念する祭りである。この祭りの名は、イスラーム暦の最初の月の名に由来している。この月は、宗教上の争いから、フサインと彼の家族、彼の信奉者たちが、旅の途中で、当時のムスリムの支配者ヤズィードの軍勢に包囲され、食料も水も断たれ、多くの者が殺された月なのである。この事件はヒジュラ暦紀元61年に、イラクのカルバラという場所で起きた。実際、4代目カリフ(ハズラト・アリ)の死後、ムスリムは、次のカリフを決定する上で意見が分かれ、その結果、戦いが起こり、多くの血が流されることとなったのである。   祭りの慣例 イスラームのいくつかの宗派では、集会が開かれ、カルバラでの出来事や、殉教者たちの生涯等が話される。しかし、イスラーム教の一派、シーア派は、この祭りを全く異なる様式で行っている。イスラーム暦の最初の月、ムハッラム月が近づくと、彼らは黒い衣服を身に着ける。それは、黒が喪に服することを表わすと考えられているからである。この月の最初の9日間は、毎日集会が開かれ、シーア派の説教師が、フサインと彼の一派を死に至らしめた事件を詳しく物語る、ムハッラム月の10日には、大きな行列が出て、熱心な信者たちが、旗を手に持ち、フサインや彼の一派の霊廟の模型を担ぎ、あたかもカルバラにいるかのような気持ちで行進する。彼らは、金属片を件けた鎖で自分たちの身体を打ち、傷つけることによって、悲痛や嘆きを表わす。こうして自分たちも苦しみを味わうことによって、殉教者たちの苦難を表現しようとするのである。これは、悲しみに満ちた祭りであり、行列に加わった者は皆、「ヤー、フサイン」と詠唱し、悲しみに暮れた声が続くのである。普通、この祭りの為に美しく飾り付けられた白い馬が行列に加わる。これは、おそらく、フサインの殉教後、主のいなくなった乗用馬を表すものと思われる。 この祭りの10日間は、シーア派の共同体によって、水やジュースが無料で配られる供給所も仮設される。

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最近、親愛なる預言者ムハンマド(彼にアッラーの平安あれ)への侮辱映画が作成されたことについて遺憾の意を表したいと思います。預言者ムハンマド(彼にアッラーの平安あれ)を信じる我々にとって大変痛ましい事件であります。

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