بسم الله الرحمن الرحيم

慈悲深く、恵み遍くアッラーの御名において

Ahmadiyya Muslim Community
日本アハマディア・ムスリム協会

誰も憎まず皆に愛を

日本とアハマディア

日本アハマディア・ムスリム協会の歴史

日本アハマディアムスリム協会は日本最古のイスラム教団体である。

1935年6月4日:神戸に日本最初のアハマディア宣教師スーフィー・アブドルカーディル氏が来日しました。

1937年6月10日:二代目カリフはアブドルガフール氏を日本に派遣しました。彼等は約5年間伝道活動を続け、1941年4月30日にインドへ帰国しました。

1951年、サンフランシスコ講和会議にパキスタンが参加。当時パキスタン外務大臣でありアハマディア信者であったザファルラー・カーン氏が、日本の立場を擁護しました。

1954年4月10日:静岡県清水にて世界宗教会議が開催されました。各宗教の代表者に10の質問が出題され代表達が自信の教義に基いて返答するものでした。この会議にアハマディア代表としてチョウドリ・カリール氏が出席し、同氏は質問に対するすばらしい返答をし、称賛を浴びました。

1959年:モハマド・オエース・小林 氏がアハマディアに入信し、その後約2年間パキスタン・ラブワにて宗教的教育を受け帰国後も聖コーランの日本語訳を行ない、現在もイスラムの正しい知識を広める活動などに励んでいます。

1964年:チョウドリ・ザフルッラー・ハーン氏(パキスタンの初代外務大臣、国際司法裁判所の裁判長(当時))が来日し、同氏は日本人に対してイスラムの平和のメッセージを多くの人々に届けました。また各宗教の代表者達とも会談しました。

1968年10月29日:ミルザ・ムバーラク氏(アハマディア国際伝道部部長)が来日して、再び宣教師を派遣し、アハマディア協会日本支部を設立することの決定をしました。

1968年9月8日:アブドルハミード氏が宣教師として来日しました。

1970年10月21日:日本の古都、京都にて「第1回世界宗教者平和会議」と題した宗教会議が開催され、各宗教の代表者たちが集まりチョウドリ・ザフルッラー・ハーン氏が聖コーランから平和の基盤になる要点を発表し、新聞でも大きく取り上げられました。

1975年2月11日:アターウルマジード・ラシード宣教師が来日し1981年に名古屋でアハマディアセンターを設立する等してアハマディア協会の基盤を日本に築きました。

1977年8月24日:マグフール・ムニーブ宣教師が来日しコーランやその他多数の本を日本語訳、出版しました。また、阪神淡路大震災の時も被災地で3ヶ月間滞在し、援助活動を行いました。

1979年:パキスタン人ノーベル賞受賞者Drアブドル・サラーム氏(アハマディア信者)が来日。

1980年:創刊「イスラムの声」を出版しました。

1987年:ファヒーム・ハリドさんが宣教師として来日。

1989年:アハマディアムスリム協会第四代目最高指導者ハズラット・ミルザ・タヘル師(カリフ)が来日(滞在期間1週間)しました。

1989年:ゼィアウラ・ムバッシャルさんが宣教師として来日。

1995年:阪神淡路大震災発生後翌日から被災地に赴き、約三ヶ月間炊き出しや衣服提供等の支援活動を行いました。

2001年:ナシル・バダルさんが宣教師とし来日。

2004年:新潟中越地震発生後翌日から被災地に赴き、約二週間炊き出しや衣服提供等の支援活動を行いました。

2005年:宣教師二人(アニースアハマド・ナディーム(現代表)、ザヒールアハマド・レハーン(帰国))がパキスタンから赴任しました。

2006年5月:アハマディアムスリム協会第五代目最高指導者ハズラット・ミルザ・マスルール師(カリフ)が来日(滞在期間1週間)しました。

2008年:アハマディア協会後継者(カリフ)制度が100周年を迎え盛大に祝福されました。

2009年:世界宗教会議が主催されました。

2011年:東日本大震災発生2日後に現地入りし約6ヶ月間支援活動を行いました。

2012年:玄葉光一郎外務大臣(当時)に招待され上記のボランティア活動の賞賛を受けました。

2013年8月17日;第4四回世界宗教者平和講演会が名古屋にて開催されました。

2013年11月5日から12日:アハマディアムスリム協会第五代目最高指導者ハズラット・ミルザ・マスルール師(カリフ)が来日(滞在期間1週間)。

2013年:日本アハマディア・ムスリム協会初のモスク建設予定。(愛知県津島市)