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聖預言者ムハンマドは社会における女性の立場改善、及び女性の威厳ある地位と公平且つ正当な待遇の確保に非常に熱心であった。イスラムは女性の相続権を認めた最初の宗教であった。聖クルアーンは息子同様、娘も両親の遺産に対する相続人として定めている。兄弟の死に際し、兄或いは弟だけではなく、姉或いは妹もその相続人になるのである。これ程明確且つ厳格に女性の相続権及び財産の所有権を確立させている宗教は、イスラム以前にはなかった。イスラムにおいては、女性は自分の財産の絶対的所有者であり、その夫といえども夫婦関係を盾にとって、その財産に口出しすることは許されない。女性は自分の財産を、自分の思うままに、自由に出来る。 聖預言者ムハンマドは 女性に思いやりのある待遇を与えることに非常に気を配ったが、今まで女性を配偶者とか仲間と見なしたことがなかった彼の周りの者達は、聖預言者ムハンマドが確立し、維持しようとしているレベルに、自分達自身を中々合わせられないでいた。Umarが語っている。「私の妻は時々私の仕事に干渉して、助言をしようとするので、アラブ人は今まで自分の仕事に女の口出しを許したことはないと言って、彼女を叱りつけてやりました。すると彼女は、『それはもう昔のことです。聖預言者は御自分の仕事に奥様方の助言を許しておられます。奥様方を止めたりはなさいません。あなたは何故、聖預言者を見習おうとはしないのですか』と反論をするのです。私の答えはいつもこうでした。『アーイシャについては、聖預言者は彼女を非常にお気に召していらっしゃるのだ。だがおまえの娘Hafsahがそんなことをしようものなら、彼女はいつか自分の出しゃばり行為の成り行きに辛い思いをすることになるぞ』。その後、聖預言者が何かで立腹され、奥様方を一時期遠ざけられる決心をされたことがありました。私はこの噂を耳にして、妻に『私の恐れていたことが起こってしまった』と言いました。それから私が娘のHafsahの家へ行きますと、娘が泣いておりました。一体どうしたのか、聖預言者が娘を離縁されたのかと私は娘に尋ねました。『離縁かどうかはわかりませんが、聖預言者がしばらく私達から遠ざかる決心をされたのです』と娘は答えました。私は言いました。『アーイシャと同じように聖預言者に勝手気儘な振舞いをしてはならないとおまえに何度も言いきかせておいたではないか。聖預言者は殊の外、アーイシャをお気に召しておられるのだ。それなのにおまえは、私が恐れていたことを自ら招いてしまったようだ』。 次に聖預言者をお訪ねすると、硬いマットの上に横たわっておられました。彼はその時シャツを身につけておられませんでしたから、体にマットの跡がついていました。私は彼の側に座り、申し上げました。『アッラーの使徒よ、ローマ皇帝もイラン皇帝も神のお恵みに値しないというのに、非常に安楽な生活を送っています。それなのに あなたはアッラーの使徒であられるというのに、このように不便な暮しを営んでいらっしゃる』。 聖預言者はこのように答えられました。『そうではない。アッラーの使徒というものは、安楽な暮しをするものではない。そのような暮しが似つかわしいのは世俗的な君主だけである』。それで私は聖預言者に私と妻と娘の間で起こったことをすべてお話し致しました。私の話を聞くと聖預言者は笑いながら、このようにおっしゃいました。『私が妻達を離縁したというのは間違っている。私はただしばらくの間彼女達と離れた方がよいと思っただけなのだ』(Bukharī. Kitāb ul-Nikāh)。 聖預言者ムハンマドは常に女性の感情に気を配っていた。それを証明するような出来事があった。彼が祈りの先導をしていると子供の泣き声が聞こえて来たので、礼拝を短めに切り上げた。その後、この時のことを彼は次のように説明している。子供の泣き声が聞こえた時にその子の母親はその泣き声に心を痛めているだろうと思ったので、母親が子供の所へ行って面倒をみてやれるように早めに礼拝を切り上げたのであった。 聖預言者ムハンマドが一行の中に女達を伴って旅をする際には、彼はいつもその一隊がゆっくりと休み休み進むように指示を出していた。男達がもっと前進を急かすような時には、彼は 「ガラスに気を配りなさい。こわれやすい物に気をつけなければ」と言っていた。即ち、その一行は女連れであり、もし 駱駝や馬をかけ足させれば、ガタガタゆれるので、女達が辛い思いをするであろうという意味であった(Bukharī, Kitāb ul-Adab)。 或る戦いの最中に騎馬兵の中で混乱が起こり、動物達の統率がとれなくなったことがあった。聖預言者ムハンマドが馬から落ち、女達の中にも乗り物からころげ落ちた者がいた。駱駝に乗って、聖預言者ムハンマドのすぐ後から続いていた一人の仲間がすぐ飛び降りて、泣きながら彼の所へ駆け寄った。「アッラーの使徒よ、私があなたの身代わりになれるものなら」。 聖預言者ムハンマドの片足はまだ鐙(あぶみ)にひっかかっていた。聖預言者ムハンマドは急いで足をはずすと、その仲間に言った。「私のことはいいから、女達を助けてやりなさい」。 死を迎える直前、聖預言者ムハンマドはムスリム達への説話の中で、女達に常にやさしく思いやりを持って接してやらなければならないという指示を強く伝えた。もし娘がいるのならばふさわしい教育を与えるようにし、骨身を惜しまず養育すれば、神がその者を地獄の苦しみから救って下さるであろうということも聖預言者ムハンマドは繰り返し教えていた(Tirmidhī)。 アラブ人がほんの些細な過ちを理由に、女を折檻するのはよくあることであった。聖預言者ムハンマドは 女は男と平等に作られた神の創造物であり、男の奴隷ではないのだから、折檻を加えてはいけないと説いた。女がこのことを知ると、それが行き過ぎになり、あらゆる面で男と対立し始めた。その結果、家庭の平穏が乱されることが多くなった。Umarがこの点で聖預言者ムハンマドに苦情を訴えたことがあった。女というものは、時には折檻をしないと手に負えなくなり、抑えられなくなってしまうと言うのであった。女の扱い方に関しては イスラムの教えとして詳しく啓示されてはいなかったので、聖預言者ムハンマドは、もし女がひどく逸脱した罪を犯した場合には折檻してもよいとだけ言った。こうなると男の行為は多くの場合、昔ながらのアラブの習慣へと戻っていくようになった。今度は女の方が不平を言う番になり、女は口々に聖預言者ムハンマドの妻達の前に悲しみを並べたてた。それに対して聖預言者ムハンマドは男達を諌め、思いやりのない態度で女を扱う者は神の恵みが得られないであろうと説いた。その後、女の権利が確立され、初めて女は独自の権利を持つ自由な一個人として扱われるようになったのである(Abū Dāwūd, Kitāb ul-Nikāh)。 Mu`āwiya al-Qushailīは次のように語っている。「私は聖預言者に妻が私に何を望んでいるのかを尋ねました。するとこのように答えて下さいました。『食べ物に関しては神があなたにお与え下さっているものと同じ物を彼女にも食べさせてあげなさい。衣服に関しても神があなたにお与え下さったものと同じ物を彼女にも着せてあげなさい。そして彼女を折檻したり、虐待したり、家から追い出したりしてはならない』」。 聖預言者ムハンマドの女の気持ちや感情に対し非常に細やかな心遣いをした。彼は長く旅に出る者には常に速やかに仕事を済ませ、出来る限り早く家に帰るよう人々に言い聞かせていた。その妻や子供達が必要以上に別れて暮らす辛さを感じなくてもすむようにという考えからであった。聖預言者ムハンマド自身も旅から帰る時には、常に日の暮れる前に帰宅した。旅の終りに夜が来てしまった場合には、メディナの外で野営をして夜を過ごし、翌朝メディナへ入るようにしていた。仲間達にも、旅から帰る時には予告もなしに突然帰宅してはならないと命じていた(Bukharī & Muslim)。このような指示をするのは、彼自身男女の関係は感情によって大きく支配されるものだという事実を念頭に描いていたからである。夫が留守だと、妻は自分の体や服装に気を使わないこともよくあるであろう。だから、もし夫が思いがけず帰宅するようなことがあれば、妻或いは夫の感情における繊細な面が害されるかもしれない。男が旅から戻る時には日中に、然も家族の一員に帰宅を知らせてから戻るようにしなさいという指示を与えることにより、聖預言者ムハンマドは、家族全員が適切な方法で、戻って来る家族の一員を迎える準備が出来るということを示したのであった。 TREATMENT OF WOMEN The Holy Prophet was very keen on improving the condition of women in society and on securing for them a position of dignity and […]

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聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)は逆境において常に優れた忍耐力を持っていた。逆境のために挫けることもなく、彼を支配してくれる力を個人的に求めることもしなかった。彼が誕生前に父親を失い、まだ幼少の頃に母親を失ったことは既に述べた。八才迄は祖父の許で育てられ、祖父の死後は 伯父Abū Tālibの世話になった。身内の自然の愛情から、そして又そのことを父親から特に諭されていたために、Abū Tālibは常に心を配り寛大な心で甥の面倒を見た。しかし、彼の妻は夫と同じ位、この考えに影響されている訳ではなかった。自分の子供達だけに何か物を分け与えて、その幼い従弟には何も与えないということがよくあった。Abū Tālibが偶然にも家の中へ入って来てその場面に出会うと、彼のほんの幼い甥が素晴らしい威厳を持って、顔に何のすねた悲しそうな表情も見せずに離れて座っているのを見つけたものであった。愛情で胸が一杯になり、自分自身の責任をも認識して、この伯父は甥にかけ寄り、胸に抱き締めて彼の妻に向かって叫ぶのだった。「私のこの子にも気を使ってやってくれ。私のこの子にも目を向けてやれ」。このような出来事は珍しいことではなかった。そしてそのような場面を目撃したことのある人々は声を揃えて、若き聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)はその待遇に影響された様子も従弟たちに対して嫉妬している様子も全く見せなかったと証言している。晩年になって聖預言者ムハンマドがその叔父の二人の子供、AlīとJa`farの面倒を見、育てる立場になった時には、喜んで引き受け、出来る限り心を尽くしてその責任を果たした。 聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の生涯は 次から次へと苦い経験の連続であった。生まれた時は既に片親で、幼年期に母親が他界し、八才で祖父までも失った。結婚後も次々に我が子を亡くし、その後彼の愛する献身的な妻Khadījahが逝った。Khadījahの死後娶った妻達の中にも彼を残して先立つ者達があり、人生の終りを迎えた頃に息子Ibrāhīmの死にも直面しなければならなかった。彼はこのような身内の死や災難をすべて気丈に堪え抜き、彼の不屈の精神や洗練された礼儀正しさに、何の陰りも残さなかった。彼が個人的悲しみを人前にさらすことはなく、人に会う時は必ず穏やかな表情を浮かべ、誰に対しても分け隔てなく、慈善の心をもって接した。或る時、彼は子供を亡くした女が その子の墓で声を出して嘆き悲しんでいるのを見かけた。彼は彼女にじっと堪えて、神の御意志を最高のものとして受け入れるように諭した。その女は話しかけてくる相手が聖預言者ムハンマドとは知らず、言い返した。「もしあなたに子供を亡くしたことがあるのなら、このような気持の時に堪えるなんてことが如何に無理かおわかりになるでしょう」。聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)は「私は一人ならず、七人もの子供を亡くしました」と答えて立ち去った。このように彼自身の身内を失った痛手と不運を直接的に表わした時を除けば、彼はその悲しみにくよくよしたこともなければ、彼のたゆまぬ人類への奉仕と、彼等の重荷を喜んで分かち合う姿勢を、悲しみのために中断することは決してしなかった。 自制心  聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)は完璧な自制心を有していた。彼は統治者となった時ですら、常に忍耐強く人々の声に耳を傾けた。そして誰かが 彼に無礼な態度をとってもじっと堪えて、決して報復しようとはしなかった。東洋では話しかけている相手に敬意を示す一つの方法として、その人を個人名で呼んだりはしない。ムスリムは聖預言者ムハンマドのことを 「アッラーの使徒」 と呼び、ムスリム以外の人々は彼を 「Abū’l Qāsim」(「Qāsimの父」 という意味。Qāsimは聖預言者ムハンマドの息子たちの一人の名) と呼んだ。ある時、一人のユダヤ人がメディナに彼を訪ねて来て、彼と議論を始めた。議論の最中にそのユダヤ人は彼のことを 「ムハンマドよ、ムハンマドよ」 と繰り返して呼んだ。聖預言者ムハンマドはその呼び方には何の注意も払わず、忍耐強く議論の問題点を詳しく説明し続けた。しかし仲間達は、その対話者の無礼な呼び方に腹を立てた。ついに一人が自制しきれなくなり、そのユダヤ人に聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)のことを個人名ではなくAbū’l Qāsim と呼ぶように言った。ユダヤ人は「聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の両親がつけてくれた名前で、彼のことを呼んでいるではないか」と言った。聖預言者ムハンマドは、微笑みながら仲間達に言った。「彼の言う通りである。私は生まれた時に、ムハンマド(彼に神の平安あれ)と名付けられたのだ。だから彼が私をその名で呼んだからと言って腹を立てる理由は何もない」。 人々が聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の話を中断し、彼等が必要としていることを説明したり、彼に彼等の要求をつきつけたりすることが時々あった。彼はいつも忍耐強く話を止め、彼等の好きにさせ、彼等の話が終ってから又自分の話を続けるのであった。時によると、彼と握手をした人々が彼の手を握ったまま中々放してくれない時があった。これは困ったことだし貴重な時間の無駄使いになるけれども、決して自分の方から手を引こうとはしなかった。人々は気楽に彼を訪れ、自分達の悩みや困難な問題を彼に打ち明け、助けを求めた。彼に援助の手が差し延べられる限り、決してそれを断ったことはなかった。時には余りにも押し付けがましい要求を強くつきつけられることもあったが、彼は出来る限り願いを満たしてやろうとした。要望を満たしてやった後に、その要請をした人々に、神を更に深く信頼して、他の人々に救いを求めたりしないように諭してやることもあった。或る時敬虔なムスリムが数回彼にお金を無心して来たので、その度毎に彼はお金を都合してやったが、最後には「人は神に信頼を置き、要求をするのは避けるのが最も望ましい」と言った。そのお金を無心した人は誠実な男であった。聖預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の気持ちを考えて、その男は既に借りたお金を返すとは申し出なかったが、今後如何なる状況においても誰にも要求はしませんと約束した。何年か後にその男は馬に乗って戦いに参加した。その戦いの最中、武器のぶつかり合う音や混乱が最も激しくなり、彼が敵に囲まれた時、彼の持つ鞭が手から落ちた。彼の苦境に気付いた徒歩の兵士が彼のために鞭を拾おうと身をかがめると、馬上の人物は彼にそのままにしておくように頼み、馬から跳び降りて自分でその鞭を拾った。そして次のようにその歩兵に説明した。その馬上の兵士はずっと以前に、人には何事も要請しないと聖預言者ムハンマドに約束していた。だから、もしその歩兵に自分のために鞭を拾わせたならば間接的に人に要求をしたことになり、それでは聖預言者との約束を破る罪を犯してしまったことになるのであった。 BELOVED HOLY PROPHET`S HIGH MORAL QUALITIES Holy Prophet Muhammad(saw) was always very patient in adversity. He was never discouraged by adverse circumstances nor did he permit any personal desire to get a hold over […]

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親愛なる預言者ムハンマドの別れの訓戒 :人間へ平和と愛のメッセージ 親愛なる預言者ムハンマドはムスリムの大衆の前に立ち、演説をした。これは親愛聖預言者の別れの言葉として歴史上よく知られている。この演説の中で 彼は次のように語った。 皆さん、よく聞いていただきたい。この谷で再びあなたがたの前に立って今こうしてお話ししているようにあなたがたに話す機会があるかどうか、私にはわからないから。神のおかげで、最後の審判の日が来るまで、あなたがたの命と所有物はお互いに攻撃されることもなくなった。神が遺産という形で取り分を受け継いでいけるように、それぞれの者に約束して下さったのである。正当な権利を持つ相続人の利益に不利となるような遺言は認められない。如何なる家に生まれた子供であろうとも、その子はその家の父の子とみなされるであろう。この子供の親権を主張する者は誰であろうとイスラムの掟の下に罰せられるであろう。その子の誕生は誰か別の父親によるものだと言ったり、その子の主人となるように誰かに要求する者は誰であろうと、神、御使い、そして全人類から呪われるであろう。 皆さん、あなたがたには自分の妻に対する権利があるが、あなたがたの妻の方にも、あなたがたに対する権利があるのだ。あなたがたの妻に対する権利というのは、妻達が貞淑な暮らしをし、世間的にもその夫に恥辱を与えるような生き方を採り入れさせないようにするものである。もしあなたがたの妻達がこのような貞淑な生き方をしないようならば、あなたがたには彼女達に罰を与える権利がある。あなたがたが彼女達を罰することが出来るのは合法的な権威者が然るべき調査をした後のことであり、その時になって、あなたがたの処罰の権利が確立されるのである。例えそうなったとしても、このような場合の処罰は決して厳しいものであってはならない。だがもし、あなたがたの妻にこのようなことをする様子もなく、又夫に恥辱を与えるような行動が見られないのであれば、あなたがたは彼女達にそれぞれの生活水準に見合った衣食住を与えなければならない。覚えておきなさい。あなたがたは妻達に良い待遇を与えなければならない。神が、彼女達の面倒を見る義務をあなたがたに課せられたのである。女は弱く、自分達自身の権利を守ることが出来ない。あなた方が結婚した時に、神はあなたがたを女達に与えられた権利の保護者として指名されたのである。神の掟の下に、あなたがたは妻を家へ迎え入れたのだ。それ故に、あなたがたは神があなたがたの手に委託された責任を侮辱してはいけない。 皆さん、あなたがたの手には、まだ戦争の捕虜達が残されている。だから、あなたがたが衣食を満たしているのと同じやり方で彼等に衣食を満たしてやりなさい。もし彼等が許せないような悪事を働くようならば、彼等の身柄を誰か他の者に渡しなさい。彼等も神が創られた者である。彼等に苦痛や難題をふっかけるのは決して正当なことではない。 皆さん、私があなたがたに言うことをよく聞き、覚えておきなさい。ムスリムはすべてお互いに兄弟である。あなたがたはすべて平等である。国や部族が違っても、又どのような身分であろうとも、すべて人間は平等である。 親愛聖預言者ムハンマドはこのように話しながら、両手の指と指を絡み合わせ、さらに話を続けた。 二つの手の指と指が等しいように、人間はすべてお互いに平等なのである。別の人間に対して要求をする権利、即ち優先権を持つ人間は誰もいない。あなたがたは兄弟なのであるから。 続けて親愛聖預言者ムハンマドは語った。 今月が何の月かおわかりか?私達はどういう地域にいるのか?そして今日は何日か? ムスリム達は、今月は聖なる月で、聖なる地に居り、メッカ巡礼の聖なる日だと了解していると答えた。それで 聖預言者ムハンマドは語った。 今月が聖なる月であり、この地が聖なる地であり、この日が聖なる日であるように、神はあらゆる聖なる人間の生命、財産そして栄光を作り上げて下さったのである。いかなる人間にしろ、その人の生命、或いは財産を取り上げたり、その栄光を傷つけることは、正にこの日、この月、そしてこの地の神聖さを侵すことと同様に不当で間違ったことなのである。今日私があなたがたに命じることは今日だけに限ったものではない。いつの時にも守らなければならないものである。あなたがたがこの世を去り、あなたがたの創造主に会いに来世へ行く時迄、私の命令を覚えていて、これに従い行動することをあなたがたに期待する。 最後に彼は言った。 私が語ったことを、この世の終りまで語り継いで行きなさい。私の口から直接聞いたことがない者達も、直接聞いた者達以上の恩恵が この内容から得られるようになるであろう。(Sihāh Sittah, Tabarī, Hishām & Khamīs)。 親愛聖預言者ムハンマドの演説は正にイスラムの全教えと精神を要約したものであった。人間の福祉と世界の平和にかける聖預言者ムハンマドの懸念が、如何に深いものであったかがよくわかる。又女や他の弱い立場の人々の権利を守ろうとする思いやりが、如何に深いものであったかも現れている。 Holy Prophet`s last sermon The Message of love and respect for humanity The Holy Prophet Prophet stood before a large gathering of Muslims and delivered an address, famed in history as […]

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Ahmadiyya Muslim Community Japan condemns the barbaric killing of Coptic Christians by ISIS.Mr Anees Ahmad Nadeem,National President & Missionary Incharge Ahmadiyya Muslim Community,Said: “The barbaric killing of innocent Coptic Christians by ISIS is a horrific act of evil. Islam advocates love, respect and peace and this abhorrent killing again exposes that ISIS has nothing to […]

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In light of Daisan Shokan’s decision to publish a book containg cartoon depictions of Prophet Muhammad (PBUH), the Ahmadiyya Muslim Association Japan is urging all Muslims for calm and holding special prayers for world peace. Islam does not limit or censor one’s freedom of speech, expression or religion, although Islam teaches to never intentionally hurt […]

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watan

国家への忠誠と愛について単に話をすること、またはその言葉を聞くことは非常に簡単です。しかし、現実にはこれらのいくつかの言葉は幅広く、美しく、途方もなく深い意味を含んでいます。確かに、完全に理解し、これらの言葉が真に意味すること、またそれらの意味を理解することは実際非常に困難です。いかなる場合においても、利用できる短い時間の中で、私は国家への忠誠と愛のイスラム教の概念を説明しましょう。 何よりもまず、イスラム教の基本原理は、人の言動には決して二重基準や偽善は存在しないということです。真の忠誠は率直さと誠実さの上に成り立つ関係が必要であります。それは人は下にあるものと同じように表にも表す必要があります。国籍に関しては、これらの原則は、最も重要です。したがって国への本物の忠誠と忠実の関係を確立することは、どの国の国民にとっても不可欠です。それは生まれながらの市民かどうかや、移住やその他の方法で後から市民権を得たかどうかなどは問題ではありません。 忠誠とはすばらしい資質であり、最も高度で最高の基準でこの特質を表示してきた人々が神の預言者たちであります。彼らの愛と神とのつながりはとても強かったので、すべての事項において彼らは神の命令を心に留め、それらをたとえ何があろうとも完全に実行するよう努力しました。これは神への誓約と忠誠の完璧な基準を示しました。それは我々が一つの例とモデルとして使用すべき忠誠の基準です。でもまずは、忠誠が実際何を意味するのかを理解する必要があります。 イスラム教の教えによると、忠誠の定義と真の意味は、あらゆる状況下で、難易度にかかわらず自分の公約や誓約を明確に守ることであります。これはイスラム教に必要とされる誠実さの真の基準です。聖コーランの中のさまざまな所で、アッラーは公約と誓約を守らなければならないとイスラム教徒に指示しています。なぜなら、彼らは彼らがなしたすべての約束に、神によって責任を負わされるからです。イスラム教徒は、重要度に応じて、全能の神に作られたものや彼らが作った他の公約も含めて、すべての誓約を守るよう指示されています。 これに関連して、人々の心の中に生じうる疑問は、イスラム教徒は神とその宗教が彼らにとって最も重要であると主張するため、神への忠誠の公約や神への誓約が最優先事項なのではないか、というものです。したがって、信仰は自分の国へのイスラム教徒の忠誠とその国の法律を支持する公約を2番目に重要とみなすかもしれません。このように、彼はある機会に自分の国への公約を犠牲にすることをいとわないかもしれないのです。 この質問に答えるために、私はまず聖ムハンマド預言者(彼に平安あれ)自身が居住国への愛は信仰の一部であることを教えられたことをお知らせしたいと思います。このように、誠実な愛国心はイスラム教における必要条件であります。真に神とイスラム教を愛することは人に自分の国を愛することを要求します。したがって、神への人の愛と自分の国への愛の間に利害の対立があり得ないことは非常に明確であります。自分の国への愛はイスラム教とは別に作られたので、イスラム教徒は国への忠誠の最高基準に到達するよう努力しなければならないことは非常に明確であります。なぜならばそれが神へ到達したり近づいたりする手段であるからです。それゆえ、真のイスラム教徒が神のために保持している愛が、自分の国への真の愛と誠実さを妨げる障害や障壁になることを証明することはできません。残念ながら一部の国では、宗教の権利が制限されていたり、完全に否定されていたりします。したがって生じうる別の疑問は、彼らの国によって迫害されている人々は国民と国への愛と忠誠の関係を維持できるかどうかということです。大きな悲しみとともに、私はこのような状況が、実際に我々の協会を禁止する法律が制定されているパキスタンに存在することをお知らせする必要があります。これらの反アハマディアの法律は実際に施行されています。このようにパキスタンでは、すべてのアハマディアイ・スラム教徒は公式に非イスラム教徒であると法律で宣言されています。彼らはそれゆえ、自分がイスラム教徒であると名乗ることを禁じられています。パキスタンにいるアハマディアはまた、イスラム教徒が礼拝するやり方で礼拝することを禁じられたり、イスラム教徒として彼らを認識できるイスラム教の慣習や習慣に従って行動することを禁じられたりしています。このように、パキスタンという国家は、彼らの崇拝する基本的人権を我々の協会のメンバーから奪ってしまいました。 このような状況を念頭に置けば、アハマディア・イスラム教徒がその国の法律に従うことができるかどうか疑問に思うことは、至極当然であります。彼らはどのように国に忠誠を表示し続けることができますか?ここに私はそのような極端な状況がどこに存在するのか、そして法律と国への忠誠とは二つの別々の問題となることを明確にしなければなりません。我々アハマディア・イスラム教徒は、宗教は自分自身のために決定するすべての個人のための個人的な問題であり、信仰の問題には強制があってはならないと信じています。したがって、法律が権利に干渉するというのは、間違いなくとても残酷な迫害行為で、確かに、時代を超えて発生しているような国家公認の迫害は、大多数によって非難されています。 ヨーロッパの歴史をみれば、我々はこの大陸の人々もまた宗教的迫害の犠牲となっていることがわかります。その結果、大勢の人々が隣国へ移住しなければなりませんでした。すべての公正な歴史学者、政府、人々はこのことを迫害であり、きわめて残酷であるとみなしています。そのような状況では、迫害がすべての限界を超えて耐え難いものとなった場合、その時点で人は自分の町や国を離れて、平和的に自分の宗教を自由に実践できる場所へ移住すべきであるとイスラム教は提唱しています。しかしながら同時に、いかなる状況下でも、個々が法律を自分の都合のいいように解釈すべきでなく、また自分の国に対するいかなる策略や陰謀にも参加すべきではないことをイスラム教は教えています。これは本当にはっきりしたことであり、イスラム教によって与えられた絶対的な教えであります。 彼らが直面している深刻な迫害にもかかわらず、何百万ものアハマディア・イスラム教徒がパキスタンに住み続けています。自分たちの生活のすべてに面においてこのような持続的な差別や残酷さにさらされているにもかかわらず、彼らはその国への完全な忠誠と真の献身の関係を維持し続けています。彼らはどの分野で働いていようとも、またどこに本拠地があろうとも、国が進歩し成功するよう支援しようと絶えず取り組んでいます。何十年もの間、アハマディアの反対派はアハマディア協会がパキスタンに忠実でないと主張しようとしてきましたが、彼らはこのことを証明することは出来ず、また彼らの主張を助けるいかなる証拠も示すことが決して出来ませんでした。それどころか真実は、パキスタンのために、その国のために犠牲を払う必要があるいかなる時も、アハマディア・イスラム教徒は常に最前線に立って、常に国のためにあらゆる犠牲を払う覚悟でいます。 自分自身が法律の犠牲者であり、標的であるにもかかわらず、ほかの誰よりもその国の法律を遵守しているのはアハマディア・イスラム教徒たちです。これは彼らが真のイスラム教に従う真のイスラム教徒だからです。忠誠に関するコーランのもう一つの教えは、慎みがなく、望ましくなく、また反乱の原型を形成するようなすべての物に近づかないようにすべきだということです。イスラム教の美しく際立った特徴は、非常に危険な時点に我々の注意をただ喚起するだけではなく、それは危険に覆われた道に人類を導く飛び石の役目をし、すべての小さな問題について我々に警告を与えることです。このようにイスラム教の教えが適切に守られていれば、どのような問題も、状況が手に負えなくなる前に、早い段階で解決することが出来ます。 例えば個人の金融欲は、国に深刻な害を与えます。人々はよくコントロールの範囲を超えた物質的欲望によって破壊されます。そしてそのような欲望は、最終的に人々を不誠実な行為に導きます。このように、欲望は最終的に自分の国に対する背信の原因となり得ます。少し説明しましょう。アラビア語でbaghiyaという言葉は、自分らの国へ害を及ぼす人々または人々の行動を表すときに使われています。それは誤った慣行に参加する人々や他人に危害を加える人々を指します。それはまた詐欺を犯すとか、違法または不当な方法で物事を我が物にしようとする人々も含みます。それはすべての制限を破ったり、危害や損害を与える人々を指します。忠誠心は高い道徳的価値観と密接に絡み合っているため、これらの方法で行動する人々は忠誠心を持って行動することが期待できないとイスラム教は教えています。忠誠心は高い道徳的価値観なしでは存在できないし、また高い道徳的価値観は忠誠心なしでは存在できません。人それぞれ高い道徳的基準について違った見解を持っているのは事実ですが、イスラムはもっぱら神の喜びを求めてその周りを回っています。したがって、イスラム教徒は神に喜ばれるように常に行動するよう教えられています。簡単に言うと、イスラム教の教えによれば、全能の神は自分の国であろうと政府であろうと、それらに対し背信や反乱のすべての形態を禁じています。これは反乱や国に反対する行動が国の平和と安全を脅かすものだからです。内乱や対立が発生する場合、それは外部の対立の炎を煽り、部外者に内部の混乱を活用することを奨励します。それゆえ自分の国への不誠実の結果は広範囲に及ぶ極端なものになり得ます。したがって、国に害を及ぼし得るすべてのことは、私が説明したbaghiyaという用語に含まれています。このことをすべて念頭に置いて、国への忠誠は忍耐を表すこと、道徳を示すこと、そして国の法律に従うことが必要であります。 一般的に言えば、現代ほとんどの政府は民主的に運営されています。したがって、もし個人又はグループが政府を変えたいなら、適切な民主的手続きに従うことよってそうすべきであります。彼らは投票箱に投票することによって自身の主張を聞いてもらう必要があります。投票は個人的な好みや利益に基づいてされるべきではありません。しかし実際は、個人の票は自分の国への忠誠と愛の感覚で行使されるべきであるとイスラム教は教えています。個人の票は国家の向上を願って投票されるべきです。それゆえ、自分自身の優先事項とか、個人的に恩恵を受けることができる候補者や政党とかを見るべきではありません。その代わりに、その候補者や政党が国民全体の進歩の助けになるかを判断基準にし、公正に決定すべきです。政府にとって重要なことは大きな信頼であって、したがってそれらは、有権者が最も適し、最もふさわしいと正直に信じている政党にだけ引き継がれるべきであります。 これが真のイスラム教であり、真の忠誠であります。 確かに、聖コーランの第4章、59節で、人は資格ある人々に信頼をただ引き渡すべきであり、人々の間で判断する場合、正義と誠実さに基づいて決断すべきであるとアッラーは命じています。このように自分の国への忠誠は、権力を国家を発展させ、世界の国々の先頭に立てるように導ける人々が握ることを必要としています。 世界の多くの場所で、一般の人々が政府の政策に対する反対するストライキや抗議行動に参加しています。さらにある第三世界の国々で、デモ隊が国または一般市民に属する所有物や財産を破壊し、損害を与えています。彼らは愛から行動していると主張するかもしれませんが、真実は、そのような行動は国への忠誠や愛には何の関わりもないのです。抗議やストライキが犯罪被害や暴力に頼ることなく平和的に行われたときでさえ、それは非常に否定的な影響を与える可能性があることを忘れてはいけません。平和的な抗議行動でさえ、しばしば国家の経済に莫大な損失をもたらすからです。いかなる状況下でも、そのような行動が国への忠誠の例とみなされることはありません。アハマディア・ムスリム協会の創始者がJama’atに関して授けた黄金の原則は、すべての状況下で、我々はアッラー、預言者たちそして自分の国の統治者たちに常に従順でなければならないということです。これは聖コーランの教えと同じです。したがって国が抗議行動やストライキを認めている場合でも、それは国や経済に危害を加えず損害が発生しない地域でのみ行われるべきです。 よく聞かれるもう一つの質問は、イスラム教徒が西洋諸国の軍隊に参加できるかどうか、また参加することが許されるのか、イスラム諸国での軍事攻撃に参加できるかどうかということです。イスラム教の基本原理の一つは、何人も残酷な行為を支援すべきではないということです。この重要な教えは常にイスラム教徒が心の念頭に置かなければならないことです。イスラム教国が攻撃されたとしても、それはそれ自体が残酷で不当な方法で行動し、侵略の第一歩を踏み出しているので、そのような状況ではコーランは迫害の手をやめるべきであるとイスラム教政府に指示しています。これは彼らが残酷行為を止めて、平和を確立するために努力すべきであるということを意味しています。したがってそのような状況で、残酷行為を止めさせる手段として行動を起こすことは許容されます。しかし、違反するその国がそれ自体を改革し平和を選んだなら、その国や国民は偽りの行為や言い訳に基づいて利用されたり征服されたりするべきではありません。その国や国民は自由や独立を再び与えられるべきであります。軍事的野望は既得権益を履行することよりも、むしろこのように平和を確立するために使うべきです。 同じようにイスラム教は、すべての国がイスラム教徒や非イスラム教徒にかかわらず残虐行為や弾圧を止める権利があることに同意します。したがって必要があれば、非イスラム諸国はこれらの目的を達成するために、イスラム諸国を攻撃することができます。これらの非イスラム諸国のイスラム教徒は、非イスラム諸国の軍隊に参加し、残虐行為から他の国を守ることを認められています。そのような状況が本当に存在する場合は、イスラム教徒の兵士はたとえ西洋軍に属していても命令に従い、平和を確立するために要求されれば戦わなければなりません。しかし、もし軍が他国を不当に攻撃することを決めたなら、そしてその結果弾圧行為になったなら、残虐行為を支援することになるのでイスラム教徒は軍を離れることを選びます。この決定を選択することは、その人が自分の国に不誠実であるということを意味しません。実際そのような状況では、国への忠誠は、一歩前に出て政府に忠告を与えることであり、残虐行為を行う不当な政府や国と同じように過ちを犯すことを許すべきではないのです。しかし、もし軍に参加することが必須で離れる方法がなく、しかし善悪の判断がつかない場合、イスラム教徒は国を離れるべきであるが、その国の法律に対し声を上げることはできません。イスラム教徒は市民として国に住み、それと同時に国への反対行動を起こしたり、反対者の味方をしたりすることは許されていないので、その国を離れるべきであります。 このようにこれらは、すべての真のイスラム教徒を自分の国への忠誠と愛の本当の要求へと導くイスラム教の教えのほんのいくつかの側面であります。与えられた時間の中で、私は簡単にしかこのトピックに触れることができませんでした。 結論として、今日我々は世界は地球村となっていることが分かると言いたいと思います。今日、人類は非常に密接につながっています。すべての国民、宗教、文化はすべての国に見られます。すべての国の指導者たちはすべての人々の感情や意見を考慮し、尊重すべきです。指導者やその政府は、人々に苦痛や不満を引き起こす法律を作るよりも、真実と正義のための環境や精神を養う法律を作成するように努力するべきです。不正や残虐行為は排除されるべきであり、その代わりに我々は真の正義のために努力するべきであります。これを行うための最善の方法は、世界がその創造者を理解するようになることです。忠誠心のすべての形は神との忠誠心に結び付けられるべきであります。もしこれが叶うなら、忠誠心の非常に高い基準がすべての国の人々に確立され、平和や安全へ我々を導く新しい道が世界中に開かれるのを、我々は我々自身の目で目撃することになるでしょう。最後になりましたが、本日私をお招きいただき、私の演説を聞くために来ていただいたすべての人にこの場をお借りして感謝を述べさせていただきます。あなた方すべてに神の祝福がありますように、またドイツに神の祝福がありますように。 (演説:ミルザ・マスルール・アハマド師,ドイツ・コブレンツにて,2012年5月30日)

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freedom of expression wtih responsibilty

今回、第三書館(東京都・新宿区)がフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を転載した本を出版する事について遺憾の意を表したいと思います。ムハンマド預言者(彼に神の平安あれ)を信じる我々にとって大変痛ましい事件であります。 こういう時こそ我々はムハンマド預言者(彼に神の平安)がした行動に従うべきです。ムハンマド預言者(彼に神の平安あれ)はどんな宗教の指導者であれ、侮辱したり、けなすようなことはしませんでした。そして人を殺めたり、国家に対する反乱やデモをするようなことも一切行いませんでした。それは彼が啓示後にメッカで過ごした13年間の歴史が物語っています。 言論の自由は、社会を発展させるために必要だということには、なんら疑う余地もありません。しかし、この「自由」によって、お互いが侮辱されるべきではありません。宗教の侮辱は、倫理・道徳的に許容されえないことです。私は聖クルアーンの知識を修めた専門家として発言いたしますが、クルアーンにも預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の教えにも、もしも侮辱を行ったとしても、そうした人々にたいして罰を科する定めなどは一切ありません。クルアーンにはこの類の記述がたくさんあります。 然るに、預言者が現れるたびに、彼等は之を嘲笑せり。 (第43章第8節、第23章第45節、第36章第41節、第4章第157節など) 預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)も、不信者から激しい迫害を受けました。不信者は預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)を「狂人」(第15章第7節、第21章第37節、第23章第71節)や、「憑かれた男」(第37章第48節)などと、呼んでいました。クルアーンのその他の記述にあるように、不信者は預言者ムハンマドを嘘つきなどとも罵りました。 しかしクルアーンには、このような不信者達に対しても、罰を加えることや報復をするなど、そういった教えは一切ありません。預言者ムハンマドの生涯をみると、いつでもどのようなときでも、たとえ敵であっても許しを与えていました。いかに極悪な不信者であっても、罰を科すようなことは一切行いませんでした。預言者ムハンマドはとても慈悲深いお方でした。 私はここで、日本に住むイスラム教徒に以下のように発信したい。暴力的なデモをしたり、破壊行為を行っている人たちは、果たしてそれは預言者ムハンマドの行った行動であるのか、今一度熟考してもらいたいのです。答えは、ノーです。我々は、預言者ムハンマドの正しい生涯とその歴史を知らない人々に、真実を伝えなければなりません。そして、「お互いの尊敬」をいまこそ実現しなければなりません、そのように私は提言いたします。

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Gumbad Shareeeef

現在日本では異なる宗教・文化・習慣を持っている人たちが、その違いを乗り越えてお互いに協力する大切さ・重要さが認識されるようになりました。 その中でも『他宗教への寛容という要素』、つまり他宗教への理解、お互いの違いを尊重することは大変重要なことです。お互いを理解しないことには平和な世界を築くことができないし、よい生活を実現することもできないのです。 イスラムの教えの中でも、他の宗教に対して寛容な言動は大変重要視されています。本日は、イスラムの創始者ムハンマドの生涯の例を入れながら、これについて話したいと思います。 イスラムの創始者ムハンマド預言者は、最初から他宗教への寛容に対する重要性に気づき、ムスリムにそれを教えていました。その教えは彼の生涯の中で実践されていました。こんな話がありました。 「Najranという町からあるキリスト教の代表団が、メディナに住んでいるムハンマド預言者を訪れました。宗教に関する話し合いをしました。話し合いはモスクの中で行われ、延々と7時間以上も続きました。途中で、キリスト教代表団の指導者が、一時モスクを出てどこかで宗教上の儀式を行いたいと話しました。それに対してムハンマド預言者は、モスクは神への崇拝を行う神聖な場所なので、モスクを出る必要がないと答えました。それで、彼らはモスクの中で自分たちの宗教上の儀式を行うことになりました。」 先ほど、私事ではありますが会社での私の体験を話しました。会社の仲間たちのご理解があって、私は会社で難なく礼拝をすることができ、気持ちよく会社の皆さんと協力し働くことができます。さらに、ここまで彼らの協力があったから仕事面でももっと皆さんに役に立つように頑張ろうという気持ちになりました。 キリスト教団体の人たちにも少なからず、似たような思いがあったのでしょう。彼らは、まさかモスクの中で自分たちの宗教儀式を行うとは思わなかったに違いないと思います。それどころか、話し合いが決裂に終わることさえ覚悟したかもしれません。ムハンマド預言者の他宗教への寛容な性格はキリスト教だけを対象にするだけではありません。キリスト教はもちろん、ユダヤ教、仏教、ヒンズー教など、すべての宗教を対象にしているのです。 ムハンマド預言者は、ムスリムは他宗教の創始者(預言者)に対して敬意を表しなければならないと教えました。彼らを絶対に侮辱したり、不適切な扱いをしたりしてはなりません。これは当たり前なことのように見えますが、とても大事なことです。キリスト教の人は、自分の親、家族よりイエスキリスト心からイエスを愛しているに違いありません。仏教の人にとっては、仏陀は特別な存在に違いありません。同じようにユダヤ教の人たちにとっては、モーゼもとても特別な存在です。イエスを侮辱するようなことをしたら、間違いなくキリスト教の人たちは傷つき、心を痛めるでしょう。 つぎのような話がありました。 (1)ムハンマド預言者の仲間の一人が、ヨーナ預言者の(よく知られていないかもしれませんが、ヨーナ預言者の話は聖クルアーンにも、新旧約聖書にもでています)敬虔な信奉者と熱い議論を交わしました。議論のなかで両方とも自分の預言者が相手の預言者より優れていると主張することになって、ムスリムの方が何らかの言葉を使って、ヨーナ預言者の信奉者を傷つけることになりました。彼は怒って、ムハンマド預言者のところに行って、訴えました。これを受けてムハンマド預言者は、ムスリム全体に向けて言われました。 「マッタの子、ヨーナより私が優れていると宣言してはなりません」 (2)また同じく、今度はムハンマド預言者の仲間の一人がユダヤ教の人との間にいさかいが起きました。相方の間に、どちらの預言者が優れているかという議論になりました。ムスリムの方が何らかの言葉を使い、ユダヤ教の人が怒ってしまい、ムハンマド預言者に訴えました。これを受けてムハンマド預言者は、同じようにムスリム全体に向けて言われました。 「モーゼより私は優れていると宣言してはなりません」 この話から、ムスリムだけではなく、ムスリムではない人も気楽にムハンマド預言者に接触することできたことはわかると思います。ユダヤ教徒の人も、ヨーナ預言者の信奉者もムハンマド預言者がきっと話しをきいてくれるから直接訴えたのです。 聖クルアーンには、このよう節があります: “ムハンマドはお前たちの中の誰の父でもありません。彼はアッラーの使徒であり、一番優れている預言者であります。” このクルアーンの節と先の話とは矛盾しているように見えますが、ムハンマド預言者は他の宗教の指導者に対して、信者たちを傷つけるような言動をしないように注意したかったのでしょう。 2005年の9月に、デンマークでムハンマド預言者の風刺画が新聞に記載され、問題になりました。風刺画にはムハンマド預言者を侮辱するような絵が書かれました。それを見たムスリムの多くは心を痛ました。このニュースがデンマークに限らず、世界中に広がりました。イスラム諸国ではデモが頻繁に行われ、一部の国では暴徒化し傷害事件にまで発展してしまいました。その後、デンマークの首相から「いかなる宗教であれ冒涜するのは許されない」という声明が発表され、外交努力も重ね、問題が沈静化しました。この事件から、1500年まえにムハンマド預言者が教えてきたことがいかに大切かを理解できたかと思います。 この事件について少し、アハマディアムスリム協会の立場を話しますと、その漫画を見てよい気持ちにはならないのは他のムスリムと同じです。しかし、どんな理由であれ暴力は許されません。我々は、風刺画を記載した新聞社にそれを訴えるような形で記事を投稿し、新聞関係者とも和やかな雰囲気で話し合いの場を設けたのです。 ムハンマド預言者は西暦570年に生まれ、西暦632年に他界し、63年間の生涯を閉じました。40歳のときにアッラーから啓示を受け、イスラムの布教を始めたのです。それまで、部族のなかで一番尊敬されたにムハンマドは、一転してムスリムと一部の人を除けば、皆が彼を敵視するようになりました。ムハンマドをはじめ、ムスリムの人たちは迫害を受け、熱い砂漠の砂の上で引き摺られていた人もいれば、殺された人もいました。ムスリムたちはなすすべもなく、耐えるしかありませんでした。この耐え難い状況はムハンマド預言者とムスリムたちがメッカにいたころ13年間も続いていました。ムハンマド預言者はメッカの一市民として、できる限り町のルールに従おうとしました。しかしメッカの人々は迫害をやめようとはしませんでした。 アッラーの啓示を受け、ムハンマド預言者とムスリムたちはメッカから北の方に500KM離れているメディナに移住しました。 メディナでは状況が変わって、メッカでは一市民だったムハンマドは町のリーダとして受け入れられました。メッカの人々からの迫害がなくなるという意味では状況がよくなりました。しかし、メディナにはムスリムだけではありません。ユダヤ教の部族や、ムスリムではないアラブ部族も住んでいました。町のリーダとしてこれらの部族を守る義務があり、メッカにいたころ以上の責任がまっているのです。ムハンマド預言者が一番最初に取り組んだのは、メディナの部族の間の平和条約の締結でした。 ムスリム、ユダヤと他のグループはお互いに誠実で思いやりのある行動で協力しあい、お互いに悪いことはしない メディナの人々は自由に自分の信仰・宗教を持つことができる などがその条約の中に含まれていました。メディナの平和を実現するために、ユダヤ教徒、ムスリムそしてアラブ部族はお互いを尊重しなければならないとムハンマド預言者は理解し、その条約のなかに入れたのです。 ムハンマド預言者の非常に近い親族の中にムスリムにならなかった人たちもいました。彼らに対してもムハンマド預言者は強制的にイスラムを進めることはなく、とても寛容的でした。ムハンマドの父親は彼が生まれる前に無くなり、6歳になったときに次はお母さんがなくなりました。12歳までお爺さんが面倒みてくれました。お爺さんが無くなったあと父親の弟のアブ・タリブが面倒見てくれました。アブ・タリブは小さいムハンマドを自分の子供以上にかわいがってくれました。ムハンマドもアブ・タリブを尊敬し、愛していたのです。ムハンマドがアッラーから啓示を受け、メッカの人たちから迫害を受けるようになってもこの関係は変わりませんでした。アブ・タリブがムスリムにならなくてもムハンマド預言者が変わりませんでした。 イスラムには六信五行の原則というのがあります。 六信とは唯一の神を信じることを含め、六個の信仰項目です。 その中の一つは唯一の神が遣わした預言者達を信じることです。 イスラム教の人々は、世界の主な宗教の創立者を信じています。 彼等に啓示された聖典も信じています。 他の宗教に比べたらこれはイスラムの最大の特色だと思います 。イスラムの考え方によると、世界の主な宗教は最初のころは真理に基づき、素晴らしい教えを持っていました。 イスラムは「自分の宗教以外は絶対に報われない」というようなアイデアを否定しています。 先も述べましたが、イスラムはすべての宗教に対して敬意を払うよう、教えています。 これは他宗教の礼拝場に対して敬意を払うと同時にその宗教の創立者たちと尊敬されている人たちに対しても敬意を払わなければならないことを意味します。 イスラムは明らかに平和な宗教というだけではなく、 イスラムは人々の間に他宗教に対する寛容を植え付けているのです。 ここで、歴史的にとても大事な文章を紹介したいと思います。 この文章はイスラムの創立者、聖なるムハンマドがキリスト教に対して作った「自由の憲章」です 。このような文章は人類の歴史のなかでは例がありません。この文章こそがイスラムの平和と寛容におけるコンセプトの精神を全体的に表すものです。 文章はこのように書かれています。 “この文章は来る人々に言い訳を残さないためにアブドッラの長男であり、 神の使徒であり、警告者であり、喜びの知らせを持ってきたムハンマドが書かせたものです。  私は全てのキリスト教徒のためにこの文章を書かせました。西と東に住んでいるキリスト教徒、 近くにそして遠くに住んでいるキリスト教徒、現在生きている人と将来来るキリスト教徒、 私たちが良く知っている人も全然知らないキリスト教徒も、全てのキリスト教徒のために この文章を書かせました。 ここで定められたことを破ったり曲げたりするムスリムは神との契約違反とみなされます。 これは、神に対する犯罪行為であり、神の怒りを招くことになるだろう。一般庶民であろうと 上位の階級であろうとイスラム教徒であれば守らなければなりません。私は、私の助けを求めている旅人や修道僧に対して、約束します。彼らが山の上にいても、 砂漠の中にてもまたは礼拝場の中にいても、彼らを敵から守ってあげます。私は仲間を始め 、家族全員と私の後に付く人々と一緒に彼らの敵を追い払うだろう。何故ならばこれは私の約束だからです。 そして、彼らの敵に税を払って、敵対関係を止めるならば、私はこのような敵を迫害から必ず守ってあげます。 しかし、彼らは自分の財産や自分の仲間を自分の力で守ることを選ぶならば、その通りにします。 […]

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今回、第三書館(東京都・新宿区)がフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を転載した本を出版する事について遺憾の意を表したいと思います。預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)を信じる我々にとって大変痛ましい事件であります。 こういう時こそ我々は預言者ムハンマド(彼に神の平安)がした行動に従うべきです。預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)はどんな宗教の指導者であれ、侮辱したり、けなすようなことはしませんでした。そして人を殺めたり、国家に対する反乱やデモをするようなことも一切行いませんでした。それは彼が啓示後にメッカで過ごした13年間の歴史が物語っています。 言論の自由は、社会を発展させるために必要だということには、なんら疑う余地もありません。しかし、この「自由」によって、お互いが侮辱されるべきではありません。宗教の侮辱は、倫理・道徳的に許容されえないことです。私は聖クルアーンの知識を修めた専門家として発言いたしますが、クルアーンにも預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)の教えにも、もしも侮辱を行ったとしても、そうした人々にたいして罰を科する定めなどは一切ありません。クルアーンにはこの類の記述がたくさんあります。 然るに、預言者が現れるたびに、彼等は之を嘲笑せり。 (第43章第8節、第23章第45節、第36章第41節、第4章第157節など) 預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)も、不信者から激しい迫害を受けました。不信者は預言者ムハンマド(彼に神の平安あれ)を「狂人」(第15章第7節、第21章第37節、第23章第71節)や、「憑かれた男」(第37章第48節)などと、呼んでいました。クルアーンのその他の記述にあるように、不信者は預言者ムハンマドを嘘つきなどとも罵りました。 しかしクルアーンには、このような不信者達に対しても、罰を加えることや報復をするなど、そういった教えは一切ありません。預言者ムハンマドの生涯をみると、いつでもどのようなときでも、たとえ敵であっても許しを与えていました。いかに極悪な不信者であっても、罰を科すようなことは一切行いませんでした。預言者ムハンマドはとても慈悲深いお方でした。 私はここで、日本に住むイスラム教徒に以下のように発信したい。暴力的なデモをしたり、破壊行為を行っている人たちは、果たしてそれは預言者ムハンマドの行った行動であるのか、今一度熟考してもらいたいのです。答えは、ノーです。我々は、預言者ムハンマドの正しい生涯とその歴史を知らない人々に、真実を伝えなければなりません。そして、「お互いの尊敬」をいまこそ実現しなければなりません、そのように私は提言いたします。 アニースアハマドナデイーム 主任宣教師(日本アハマディアムスリム協会)

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Tokyo publisher Daisan Shokan announced to publish a book containing Charlie Hebdo cartoons of the Holy founder of Islam prophet Muhammad(peace be upon him) The Ahmadiyya Muslim Community Japan strongly condemns news from  Tokyo publisher Daisan shokan .Such caricatures are extremely hurtful to all peace loving people specially Muslims . Daisan Shokan have allegedly justified their […]

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